サルモネラ症

 

~爬虫類を好む厄介な隣人~

病原体について  ~2500人の容疑者~

サルモネラは腸内細菌科に属する菌です。1885年、米国の獣医師であるサルモン博士が発見し、その名にちなんで命名されました。普段は主に動物の腸の中に住んでいます。温かい腸の中にいるくせに低温にも強く、冷凍しても生きています。ですから研究機関ではサルモネラを保存する場合、不凍液を混ぜた液体培地に入れてマイナス何十度という低温におきます。それでも死なないわけです。

「サルモネラ」という言葉は聞いたことがある、という方が多いかも知れません。食中毒を起こす原因菌として、ニュースや新聞でその名を見かけることがありますね。

ただ、サルモネラとひと口に言っても、たくさんの種類があります。その数、およそ2500種類。その一つ一つに名前がついています。

例えば、サルモン博士が発見したサルモネラは、現代の表記では

Salmonella enterica subspecies enterica serovar Choleraesuis

となります。細かい説明は省略しますが、この長ったらしい表記は「このサルモネラは〇〇という菌種に属し、さらにその下の△△という亜種に属する、××という血清型です」という意味だと思って下さい。ただ、あまりにも長いので通常は赤字のところだけ書き出して

Salmonella Choleraesuis というように書くことがあります。

例えば本名の「源朝臣徳川次郎三郎家康」と呼んでは長いので、徳川家康と呼ぶのに似ています。そして、「徳川=家康」ではないように、「サルモネラ=食中毒の原因菌」ではありません。徳川家に家光や吉宗がいるように、サルモネラにも食中毒を起こす型もあれば、重い全身症状を引き起こすような型もあります。

ですから普通、サルモネラを検査する場合は、「サルモネラでした」ではなく「~という血清型のサルモネラでした」という記述で結論づけることになります。これを検査するのは結構大変です。ようやく「犯人はサルモネラ属らしいぞ」とわかっても、そこからまだ2500人いる容疑者を調べていかねばならないのですから。

例えば、家畜伝染病予防法でいうところの「サルモネラ症」とは、約2500ある血清型のうち4つの血清型による感染症のみをさします。確定診断するには、ここまで調べる必要があるわけです。

このページでは、2500ある血清型すべてを説明するのは困難ですので、「爬虫類から人に感染するサルモネラ」について述べたいと思います。

 

感染経路と症状について  ~ハ虫類は、持ってる~

H25年、厚生労働省から「カメ等のハ虫類を原因とするサルモネラ症に係る注意喚起について」という見出しの通達が出ています。

「~カメ等のハ虫類については、国内外を問わず、多くのもの(50~90%)がサルモネラ属菌を保有しており、人がこれらの動物との接触を通じてサルモネラに感染すると、胃腸炎症状を起こしたり、まれに菌血症や髄膜炎等の重篤な症状を引き起こす場合があることが知られています」

カメ等のハ虫類は、高い確率でサルモネラを保菌していることがわかっています。2008年日本国内での調査によると、

ペットショップで販売されているカメ類の72.2%(13匹/18匹)、トカゲ類の74.6%(44匹/59匹)、ヘビ類の100%(23匹/23匹)でサルモネラの保菌が確認されました。調査数が少ないので、なお検証の余地のあるデータだと思いますが「ハ虫類がサルモネラを保菌していること」はまず念頭におく必要があります。

ですから、例えばカメを飼育する場合、水を替えるときには汚水と接触しないよう注意する必要があります。よく教育現場や保育園等でカメを飼育しているのを見ますが、水替えは大人がやるべきだと思います。お子さんは衛生対策が十分にできない場合がありますし、抵抗力も低いですので、あえてリスクの高い行動を選択すべきではないように感じます。

感染するとあらわれる症状としては嘔吐、発熱、下痢などで、抵抗力の低い小児やお年寄りの方はより重症化します。お年寄りがカメ等に触る、ということはあまりないように思いますので、やはり特に注意すべきはお子さんへの感染でしょう。2005年には船橋市でミドリガメからの感染により小児が2人緊急入院しています。

数は少ないのですが、お年寄りが感染した例もあります。2004年、アメリカのワイオミング州で80歳の女性が5日間続く高熱、下痢、頻尿を経て入院となり、尿、便、血液中からサルモネラが分離されました。確かに、この女性の家にはカメがいました。そして、患者から分離されたサルモネラの血清型と、このカメから得られたサルモネラの血清型が一致しました。しかし本人は「カメには触っていない」と言います。どこから感染したか本人には全く覚えがありませんでした。

結局、感染の原因は、カメを飼育していたボウルを台所で洗っていたことによるものでした。キッチンが汚染され、間接的に抵抗力の弱いお年寄りが感染してしまったのです。

予防法について  ~水かえは大人が~

くどいようですが、「ハ虫類がサルモネラを保菌していること」を認識する必要がまずあります。

カメであれば、水を替えるときには汚水と接触しないよう注意し、できれば手袋をしましょう。水を長い期間代えずに、濁った状態で放置するのはいけません。サルモネラの菌数を増やすことになります。それに、濁った状態での飼育はカメにとってもストレスとなります。

また、水槽を洗う場所は食器や衣類を洗う場所とは別にせねばなりません。保育園などであれば、お子さんが普段手洗いなどに使うシンクには水槽を持ち込まないように気を付けましょう。

その他のハ虫類とも、過度な接触を避けることが望ましいと思います。そして、接触した場合はよく手洗いをすることが大事です。

このように書いてくると、まるでカメを飼うこと自体を否定しているようですがそうではありません。私自身、子供のころは10匹以上飼っていましたし、今もカメが好きです。それぞれの種類ごとに個性がありますし人にも慣れます。愛情をかけて育てればパートナーとして何十年も一緒に過ごすことができます。

であればこそ、お互いストレスのない生活ができるよう、清潔に飼育してあげたいものですね。

予備知識  ~小さいことはよいことだ?~

ここに、大きいカメがいるとしましょう。そしてもう一匹、小さいカメがいるとします。手のひらに乗るような子ガメです。

サルモネラを保菌している可能性が高いのは、どちらでしょうか。何となく、大きいカメが保菌しているような気がしますね。私が講演でお話しする際にも、皆さんの多くが「大きい方」と回答されます。

実は、これは逆なのです。

1975年、アメリカでは甲羅の長さが4インチ(約10センチ)以下のカメ類の流通および販売が禁止されました。

同じ年、カナダでも水棲カメ類幼体の輸入禁止措置がとられています。

小さいカメほどサルモネラを保菌しやすい、ということがわかっています。お子さんの手のひらに、小さいカメを乗せて触れ合わせてあげたい気持ちはわかりますが、このことをよく思い出していただければと思います。