狂犬病

 

~すべての哺乳類を狙う”砲弾”~

病原体について  ~砲弾の飛び交う世界~

狂犬病の原因となる病原体、それは狂犬病ウイルスです。まるで砲弾のような形をしています。

よく誤解されているのですが、狂犬病は「犬」だけに感染するのではありません。すべての哺乳類に感染します。お隣の台湾では平成25年にジャコウネズミ、イタチアナグマでの感染が確認されました。ペルーでは吸血コウモリが感染し、彼らに咬まれた人間の子供にも感染が拡大しています。

人間の場合、発症するとほぼ100%死に至ります。

最大の発生国はインドで、年間3万人以上が死亡していると推計されます。

実は、2016年時点で狂犬病の発生していない国・地域は日本をはじめ10程度しかありません。全世界的に、狂犬病ウイルスという砲弾は絶え間なく飛び交っていることになります。

では、症状と感染経路について詳しく見ていきましょう。

症状と感染経路について  ~ hydrophobiaの意味するもの~

狂犬病は英語ではRabiesですが、Hydrophobiaと呼ばれることもあります。hydro(水の)phobia(恐怖症)、すなわち恐水病です。

これは、発症した人や動物は咽喉頭が麻痺し、水を飲もうとしても気管に入ってしまい、やがて水そのものを恐れるようになることからついた名です。水が飲めない、つまり嚥下ができないということは、唾液も飲み込めないことになります。狂犬病ウイルスは唾液中にも含まれますので、感染者が分泌する唾液を介して感染が拡大することになります。「恐水病」はこの病気の症状や感染経路について多くを物語る名であると言えます。

ちなみにRabiesはラテン語のrabies(激怒、狂気)に由来します。狂犬病を発症すると多くは狂騒状態となり、目にするもの全てに攻撃的になります。最終的には全身の麻痺をおこして死亡しますが、その間に他の動物を咬み、唾液からウイルスをまき散らします。ですからRabiesという名称もまた、この病気の実像をよく示していると言えます。

咬傷部から侵入したウイルスは、神経に沿ってゆっくりと脳を目指します。咬まれてから発症するまでの潜伏期にはばらつきがあります。その平均は1~2か月ですが、これは咬まれた部位がどこかによります。脳から遠い場所、つまり足先などを咬まれた場合、ウイルスが脳に到達するまで時間がかかりますから、潜伏期は長くなる傾向にあります。狂犬病ウイルスは脳に到達するとそこで増殖し、今度は逆に神経を下って行って全身に散らばっていきます。この状況下で生きながらえる動物はいません。

ただし、「暴露後免疫」と言って、咬まれてすぐワクチンを打ち始めれば助かることがあります。つまり、咬まれた場所から侵入したウイルスが脳に到達する前に、免疫が獲得できればよいという理屈です。2004年のWHOの報告によると、全世界で年間1000万人が暴露後免疫を受けたことになっています。年間1000万人というのは相当な数字です。政治状況、地理的条件、経済状況など諸事情により、咬まれても暴露後免疫を受けられなかった方がかなりいると推察されますから、実際の咬傷事例はもっと多いものと思われます。

狂犬病が現代でもいかに恐ろしい病気であるか、物語っている数字であると言えるでしょう。

予防法について  ~未来への責任 ~

日本国内においては、犬の飼い主は、飼っている犬に対して年一回、狂犬病予防注射をうたせることが定められています(狂犬病予防法)。これは努力目標ではありません。義務なのです。

この病気は、ひとたび侵入すると枯野の野火のように広がります。要するに、哺乳類なら何にでも感染するわけですから、イタチ、ネズミ、タヌキ、サルなどの野生動物に感染が広がると撲滅は非常に困難になります。

例えば、150万の人口を有するフローレス島(インドネシア)は、もともとは狂犬病の清浄地でした。しかし1997年以降、狂犬病が蔓延し撲滅は困難を極めています。発端は、感染犬が隣の島から連れられてきたことでした。このとき持ち込まれた犬はわずか2頭であったことがわかっています。

日本は世界でも数少ない狂犬病の清浄地です。感染を予防するためには、飼い犬には予防注射を受けさせないといけません。狂犬病はすべての哺乳類に感染するわけですから、理屈の上でいくと猫を飼っている人は猫に、ウサギを飼っている人はウサギに予防接種することになりますが、我が国では犬だけにうたせることになっています。

なぜ犬だけなのかというと、世界的にみて人への加害動物が圧倒的に犬である点が重視されたためです。地域的にはコウモリやサルが媒介する例も見られますが、日本国内では犬が主要な対象となっています。そのあたりのことを少し詳しくご説明します。

歴史的に見て、日本はもともと狂犬病の清浄地ではありませんでした。1732年、世界との窓口であった長崎で狂犬病が発生した記録が残っています。4年後の1736年には江戸にも蔓延が及んでいます。その後、狂犬病は撲滅されることなく存在し、太平洋戦争中や戦後の混乱期に再び蔓延します。ようやく1950年に「狂犬病予防法」が施行され、飼い犬の登録と狂犬病予防注射が義務化されました。そして6年後の1956年、国内感染における死者1名を最後にようやく撲滅されたのです。このように、ひとたび発生した感染症を駆逐するのは非常に困難なことです。ですから、毎年飼い犬に狂犬病予防注射を受けさせることは、責任を持って犬を飼っている飼い主さんの義務なのです。またそれは未来にむけての責任でもあります。

実は、狂犬病の被害者の30~50%は15歳以下の子供であることがわかっています。子供は異常の察知、攻撃の回避、咬傷に至った状況説明などがうまくできません。狂犬病を予防し、その被害から子供たちを守るのは飼い主の義務であり、また未来への責任でもあると言えるでしょう。

まとめ  ~東ヌサ・トゥンガラ州 ~

東ヌサ・トゥンガラ州とはどこでしょう。

インドネシアのフローレス島における狂犬病の蔓延については、感染経路の欄で述べました。

フローレス島は、この東ヌサ・トゥンガラ州に属します。州内の人口は約400万人、面積は九州とほぼ同じ4万6千平方キロメートル。

1998年、インドネシア政府はこの広大な島域すべての犬を撲殺することを決定しました。狂犬病の蔓延による死者数の増加に対して、ほかに有効な手段を見いだせなかったのです。

フローレス島でもこの決定を受け、多くの犬が撲殺されました。1977年に63万頭いた島内の犬は、2003年には19万頭程度にまで減少しました。しかし野犬となって密林に住む犬、犬から感染した野生動物の存在など、最終的な解決には多くの課題が残っています。

一度侵入するとどのような悲劇がもたらされるか想像できない、狂犬病はそのような動物由来感染症なのです。

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